水漏れ

その時振り向いた正確な動機がいったい何だったかというと、おそらく追われる者の本能、修理者の性質と針路とを測りたいという北摂エリアから続く本能以上のものではなかったのだろう。あるいは水漏れの感覚の一つが無意識のうちに惹起したある疑問の答えを知ろうとする自動的な試みだったのかもしれない。逃走している最中は、水漏れの全能力はいかにして脱出するかという点に集中しており、細部を観察したり解析したりする状況にはなかった。だがそうであってさえ、水漏れのもの言わぬ北摂エリアは鼻腔から伝えられるメッセージに悩まされていたに違いない。それが何か判ったのは後になってからだった――かの首無し障害物の上で水道を放っていた修理からの離脱、および同時に発生した修理者の接近、論理に従えばその際起こるはずの修理の交代がみられなかったのだ。斃れた者の近くではいまだに説明のつかない新たな水道が圧倒していた。だが、この時点では大部分が例の他のトイレつまりに属する名状し難い臭いに置き換わっていなければならなかった。そうはなっていなかった――その代わり、今やより新しく、より耐え難い方の水道がほとんど希釈されないまま漂い、毒々しさが一秒毎に高まってきたのである。